このことを話すのは長くなる。だから、軽く中田実星と出会った頃のことを思い出してみようと思う。
2007年 4月
オレは高校を二週間休んだまま、春休みを迎えていた。
高校に入った息子を早々に転校させる羽目になるとは親も考えてなかったらしく。転校したいのだと伝えると、てっきり放任主義を貫いていたんだと思った両親も悲しみをあらわにし、寝室からうめき声が聞こえてきたくらいだ。
理由を聞いて来たが、オレは答えなかった。せめて理由だけは聞きだそうとする母親が甲高い声でそれと思わしき理由を適当に挙げ連ねていく。
「勉強がつまらないのか?」
首を振る。
「それとも、ついていけないのか?」
またも首を振る。
「イジメか?」
それも多分違う。
それでも、両親にはせめて理由の一つでもないと納得しなそうだから、オレはそこで首肯しておいた。両親の気丈に振舞おうとする顔が余りにも痛々しくて、またすぐに否定したくなったけど、あのことを両親に話せるのかと考えると、それは無理な話だ。あのことはまだ誰にも話してない。誰にも話してないのだから、思い出すたびに感じる鋭利なナイフで内臓をえぐられるような感覚も少しは弱くなって構わないのだが、不思議なことに痛みはどんどん増大していくのである。ガンで死に行く人はこんな気分で毎日過ごしているんだろうなと考えると、こうやって時間を過ごしていくことすら嫌になってきた。
正直、学校には行きたくなかった。アイツらとは仲良くできないだろうが、オレはそこで復讐の炎を燃やすほどギラギラした性格ではない、と思う。きっと、それなりにはやれるだろう。
訂正しよう、学校に行きたくないんじゃない。外気に触れるのが嫌なのだ。外気は結花との思い出そのものであり、オレの上皮組織が外気に触れているたびに、誰かの声が鼓膜を震わすたびに、オレは彼女の面影を探してしまう。そんなダメな自分に接する時間が一番嫌いなのだ。あ、それだけじゃないな。ユカリに会いたくないということもある。どういった顔をすればいいのか分からん。
あらかじめ予想していたことではあったが、転校は案外手続きに時間がかかるらしく、いくら定員割れの学校であったとしても、すぐに入学は出来ないらしい。
編入試験は高校で一年間取ってきた内申点と全国模試の偏差値で、面接だけで終わった。面接の結果は分からないが、落ちるはずないだろうなとは思ってた。現在のオレの偏差値とこの学校の偏差値は20近く違っている。定員割れしてるような学校を選ばざるを得なかったから、とりわけスポーツが万能な学校でも学業が優秀なわけでもない。ただ、どこにでもある地元校である。ただ今年から少子化の波を受けて定員割れしてしまったらしいから、他の定員割れの高校よりかはだいぶマシだった。この高校を選んだのはそれだけの理由だった。
手続きの時間で、オレは自分を見つめなおす期間を得た。オレはその間ずっと考えていた。オレっていったいなんなんだろう、と。無口なら良かった。無口なら誰を傷つける事なく、誰かに傷つけられることなく、学校生活を送っていただろう。
アイツもやってきた。
「ゴメン」
この背の小さめの女はつぶやくような声で言った。
「私、大変なことしちゃったんだよね」
搾り出す声を聞くのは正直聞き苦しかった。そんな言葉ならいくらでも足りている。お前の謝罪なんてどうでもいい。ただ、オレの目の前から消えて欲しい。
「ばっきゃろー。お前らしくねぇっ? 元気出せ、元気。やる気元気猪木だべ? つか、不登校のヤツに励まされるとかお前マジ終わってるなぁっ。アホかっての」
オレは答えた。もちろん、上辺だけの言葉である。
分かりやすいヤツで、オレがこれだけ言うと一切謝罪の言葉は消えうせて、あとはこの一件に関して自分に下された処分だとか、先公への愚痴を延々と聞かされる羽目になった。
「ありがと、渚」
帰り際、彼女はオレに向けて小さく頭を下げた。笑顔だ。罪悪感のかけらも失ってしまったような、平凡な笑顔。その顔が憎憎しい。
更に憎たらしかったのは、
「あの言葉、まだ覚えてる?」
オレは余りの憎たらしさに言葉を失って、そのまま彼女はどこかへ消えてしまった。
だが、この女よりももっと憎む相手がいるのをオレは知っていた。それは、世界を探して一人しかないこのオレ自身だ。この性格がなければ、オレさえ存在しなければきっと結花はのどかに青春を謳歌していたに違いない。その歯車を誰が狂わせた? ユカリでもだれでもない。それは紛れもないオレなのだ。