話の肴としての「初恋」とは実に優秀なテーマである。小論文の論題のように小難しい思考回路をまったく必要としないし、恋愛感情は万人共通の生理現象であり、誰もの興味をそそる。仮に、テストの点数の話題で辛辣な空気が流れることがあっても、初恋の話をしたからといってまず、嫌な雰囲気になることはない。その時期と今はあまりにもかけ離れているし、初恋の話をするなんてのは相手がよほど限り暇をもてあましていたり、話の種を探しているときだから、何を言っても喜ばれる。
その話がもしウソだったとしてもいい。そう、彼らは話題がつながればいいのだから。もちろん、誰もドラマチックな初恋を求めてなんかいない。そうだ、そうに違いない。
「小学生のときね、四年生くらいかな。オールバックにしてるワイルド系の女の子が居たんだけど。ちょっとした拍子に好きになっちゃってさ。昔からちょぴっとワイルド系の子が好きだったんだけどね」
公倍数のように、異なるスピードを乗せたブランコが同時に交わった。
「もちろん。あたしが聞きたいのはそういうのじゃないのは知ってるでしょ」
彼女はなんの感情も乗せずに言う。
スピードを乗せた彼女のブランコが大きく後ろに引っ張られ、また戻ってくるところで彼女は足を止めた。オレは相変わらず鈍間なスピードでブランコを軋ませていた。
「実はね。あたし、大体分かってるんだ」
「…え?」
「ユカリちゃんは、昔からの知り合いだったからね。彼女、辛そうにしてたよ。やっぱり。それでもあたしに全部話してくれた」
「知ってたのか。いつから?」
どうでもいいでしょ、と実星はオレの顔をにらみ続けていた。
「あの、夏合宿の直後くらいからかな」
「それまでずっと…。知りながら知らないフリしてたのか?」
「そうよ」
「なんで?」
「当たり前でしょ!」
中田実星は大声を出し、その声は闇の一部になるのだった。
風が吹く。冷たい。痛い。悲しい。
「あたしには想像できるから」
「何を?」
「大切な人が突然居なくなる恐怖を、よ!」
風が木々と共に歌っていた。その歌声はいつも懊悩を吹き飛ばす実星の声とは大きく異なり、その歌声自身が懊悩であるかにも思えた。
「もう一つ。アンタが、そういう顔をすると思ってたからよ!」
「そんな大声出して。喉、またダメにするぞ?」
オレは胸の奥底から寂しさがこみ上げて来るのを感じた。実星が歌えなくなったときのこと、忘れもしない。あの時改めて思った。中田実星という人間は歌うことで存在できるのだと。
それで、今分かった。
実星は寂しかったから、歌っていたんじゃないか。寂しかったから、一人で声を張り上げたんじゃないか。胸からこみ上げる寂しさの象徴が彼女の歌声なのではあるまいか。
唐突に、結花(ゆいか)の顔が脳裏でフィードバックする。この公園での出来事を思い出し、思わず泣きそうになった。
思いっきり泣きたい。でも、この子の前では泣きたくない。二つの思いが交錯して、胸が熱くしていく。
「なんでそんなに聞きたがるの?」
「好奇心20%。…いや、60%。100%…かなっ?」
「お前なぁ」
「それにアンタが、こんなひねくれた性格になった理由はきっとここにあるんでしょ。あたしが解決してあげるから。ボランティア部の部長として。イーグルスのリーダーとしてっ!」
オレが言葉をさがしている間に、すかさず実星は言葉をねじ込む。
「それとも何? はっはーん。分かった。アンタどうやらあたしに頼りたくはないワケね? はっ。ガキみたい、そんなの」
バカ。そんなんじゃない。でもさ、もうこれ以上心配なんかかけちまっていいのか、オレ。いいわけがない。ダメだね。
「どーせ、頭ん中ではいっつもエロネタ考えてるザット・ブレインを完全装備してるくせに。そういうとこだけ恥ずかしがる。男ってそうよね。もう少し素直になりゃいいのに。女子の前で良いとこ見せようと思うから失敗する――」
「違う」
言いたい放題の矛先がオレのみならず、健全な男子諸君にまで及びそうだったので、オレは慌ててそれを制し、言った。恥ずかしさは感じた。寒いのに汗で背中が濡れている。
「やっぱり、お前には言いたくなかったんだ」
「なんで?」
星空のような黒い瞳がオレを見つめていた。
なんで、話したくないって? 簡単だ。心配なんかさせたくないんだよ。お前は自分の心配だけ、してりゃいいんだ。
そう。あれだけひどいことをして、結局ユカリにまだ心配されてるオレだから。なおさら言えない。
「実星には…どうしても」
「だからなんでよ」
お前が、優しすぎるからだよ。そんなこと、言えるわけないよな。恥ずかしさに閉口する。
「いいよ。話すから。ただしディレクターズカット版な?」
「だめ。ちゃんとオリジナルのままやって」
「ヤダ」
「絶交?」
また、その脅し文句か。
そうだな。しゃーない。オレだって、絶交はいやだ。