なんで転校してきたの?
オレは、初めてあの時、アイツのマジで真剣な顔を見たのだった。
「まだ信頼してないなんて、絶対言わせないから。あたしのこと信頼してないなんていってみろ? 今すぐぶっ飛ばしてやる」
ブランコが描く軌道は大きな放物線だった。
「渚。アンタは言ってくれたよね。あたしのこと、好きだって」
過去の小さな羞恥を思い出し、思わず赤面する。
周囲が暗闇だったは幸運だった。このように、1mほど離れていれば、相手の顔色を伺うことは殆ど不可能である。
だからオレは、表情を気にせず声色だけに集中ができる。仮にこの胸が狂ったように動揺しても、頬が絵の具の赤みたいに赤くなっても、声色さえ明瞭なら実星の目には冷静なままのオレに映るだろうからな。
オレはふーっと息をついた。
それが、ため息なのかどうなのかは自分でも良く分からない。
「言葉のあやだよ」
「そんなのはどうでもいいわ」
彼女はきっぱりと言った。
「要はね。あたしのこと、信頼してるのか。信頼してないのか。どっちなのってこと。やっぱりあたしのこと、まだ信頼してないの? それともあたしじゃ、力不足?」
実星のことを好きといったのは別に特別な意味があったわけじゃない。例えば花壇を見てキレイというのと同じくらいの要領で、オレはあの言葉を選んだんだ。実は特に意味はなかったのだ。
だからといって、他の女子に言えるのかと言われれば、きっと実星にしか言えないことばなんだろうけど。
オレはウソをつくつもりだった。
信頼がまだ足りねぇな。ウィンク交じりの冗談でこの場をやり過ごそうと真っ先に考えた。
が、口を開く途中で気がつく。どう楽観的に見積もっても、彼女に「信頼していない」なんて口が裂けても言えなそうなのである。
「いや。そんなことはねぇけど」
「なら! 全部話して」
オレは、この子のことを信用しすぎている。
それほど、深く積み上げるつもりでなかった友情も、今では高く積もりすぎて頂が見えない。オレは失敗したな、と思った。
「どうでもいいでしょ? オレの昔話なんて」
「教えてくれないなら絶交!」
「あのさ」
「絶交中だから話さない」
内心、そんなことがあるわけがない、と笑い飛ばすのだが、実際にそういうことをしでかしそうな雰囲気を常備しているのも中田実星という人間の特徴だった。
あのUFOキャッチャー前の出会いから半年間、オレはこの子に振り回されてばっかりだ。
だが、振り回された分の倍くらい、助けられもした。
そう、彼女はここで絶交されてしまっては困る存在なのである。そのことは三平方の定理のごとく、自然の摂理だ。
「分かったよ」
オレが素直に頷くが、実星はまだ不満があるらしい。どうやら、すぐに話を切り出さないことが不満のようだ。オレはどこから話せばいいのか考えていただけなんだが。
「なんでそんな嫌がるわけ? アンタだって、あたしの…――。いや、例のこと知ってるんだから」
「お前の秘密なんて、あって無きが如しだろ。誰にでもばらしてそうだ」
思ってもないことを次々に言い出すこの口が憎々しい。
「アホ」
すぐに、否定の言葉が飛ぶ。
そういえば、実星から遠のいていた視線を元に戻す。実星は眉間に皺を刻んでいた。
「アンタにしか話してない。あとは青葉にだけ。高積にだって藤堂にだって、話してない。あたしだってあんな話、したくないもの」
あの話を聞いたとき、正直胸が裂ける思いがした。今でもあの衝撃は思い出す。
いつだったか、オレたちはお互いに秘密の存在を告白をし合ったことがある。当時その秘密はお互いに教えなかった。教える気すらなかった。仮に彼女が秘密を吐露したとしても、オレからは何も話さないつもりでもあった。心の底から明るいオレンジ色をしてそうな、この中田実星が抱える秘密なんてたかが知れている。オレの抱えている秘密のほうが、ずっとずっと重いものだ。と、思い込んでいたからだ。
それが誤りなのかは、もう分からない。
「あ。そうだ」
ブランコの振り子を更に大きく成長させつつ、
「ぜんぜん違う話だけど」
「何?」
「お母さん。リラックマ好きだったんだ。いや、正確には好きだったのかは分からないけど、とりあえずあたしが最後に見たときにはリラックマを抱いて倒れてたの」
出会ったときの風景と、実星の辛辣な顔が重なった。
「…そうだったのか」
それが実星とオレとの出会いだったな。
「で、こんなあたしの話もどうでもいいのっ」
縦ぶれする彼女の声を聞き、オレは大きく首肯した。
「転校の理由。そして初恋の話。ぜんぶ聞かせなさい」